女性の着床前診断の結果を示す報告書。A~Dの4段階で判定され、この受精卵は、おおむね移植に適する「B」と評価された 女性の着床前診断の結果を示す報告書。A~Dの4段階で判定され、この受精卵は、おおむね移植に適する「B」と評価された

 まだ新しそうな家が並ぶ群馬県前橋市の分譲地からは、赤城山がよく見える。一角に住む女性(43)は、今年初めに受けたカウンセリングの印象を語った。

 「苦手なSF映画の世界みたいでした」

 着床前診断。カウンセリングなどを経て、女性がこれまでに計2回臨んだ検査の名前だ。

 いまだ聞き慣れない人が多いこの検査は、どのように、なぜ行われるのか。

 調べられるのは、自然妊娠ではなく、卵子と精子を培養液中で受精させる「体外受精」か、卵子に精子を直接注入する「顕微授精」でできた受精卵。5日後以降の「胚盤胞」まで育った細胞の一部を取り出して、染色体や遺伝子に異常がないかを確かめる。

 「最初はやるつもりはなかったんですけど…。流産のダメージって大きいんです。体も心も、つらい。リスクが減らせるなら」

 女性が語るように、着床前診断の目的の一つは、流産の可能性がある染色体数の異常を受精卵の段階で見つけて選別し、妊娠率を高め、流産率を下げることとされる。

 3種類ある着床前診断の一つ「PGT-A」と呼ばれる手法で、日本産科婦人科学会(日産婦)が2020年から本格的な臨床研究を始めた。国内では原則、日産婦から許可を得た医療機関が、認められた症例に対して実施している。

 対象は、体外受精を2回以上続けて妊娠しなかったり、流産を繰り返したりした人。日産婦は全国で3500例以上のデータ集計を目指している。

 女性は18年に不妊治療を始め、体外受精や顕微授精に臨み、複数回の流産を経験してきた。通院先の都内の不妊治療専門クリニックと相談し、まずは着床前診断に欠かせないカウンセリングに夫と参加した。

 「妊娠までの期間を短縮できる」「流産率を抑えられる」とする利点の一方で、細胞を採る過程で受精卵が傷つくなど診断技術には限界があり、「異常なし」とされた受精卵でも、必ずしも出産に結び付くわけではないことも聞いた。

 このクリニックでの診断費用は、受精卵1個当たり11万円。通常の不妊治療にさらに経済的負担が上乗せされる。「無駄なく(受精卵を子宮に)移植できるなら」と夫婦で話し合い、受けることを決めた。

 2月、初めての診断で、2個の受精卵を調べた。1個は異常が見つかり、もう1個は移植できると判定され、凍結保存した。3月の2回目は、受精卵が診断できるまで育たなかった。

 5月下旬の3回目は、2個のうち1個に異常があった。問題ないと判定された受精卵を6月、子宮に戻した。順調に胎児が育ってきたら、次は羊水検査を受けるようにクリニックから言われている。

 「なかなかだった」。診断結果を待つ心境をこう言い表す。着床前診断は「命の選別」につながると指摘する意見もある。それでも、「私たちは時間が限られている」。対象が、子宮に着床する前の受精卵という点からも、心のハードルが下がったのかもしれない、とも思う。何より―。子どもがほしい。

 着床前診断の存在は不妊治療を経て初めて知った。「まだ分からないことも多いんでしょうけど…。何だかもう、神様の領域に入っている気がします」

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 子を産む前に、受精卵などに異常がないか調べる医療技術が飛躍的に進歩している。高齢出産をはじめ社会構造の変化で需要は高まる半面、倫理的な課題もあるとされる。シリーズ「揺らめくいのち」、第3部は各検査の最前線を通じて、人の生とは何かに迫る。

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