▼東京パラリンピック視覚障害者柔道の男子73キロ級で7位になった中之条町出身の永井崇匡選手(26)と話す機会があった。障害者柔道は全盲と弱視の区別がなく同じ階級で戦う

 ▼全く見えない永井選手が、見える相手と組むのは理不尽ではないか。疑問を投げかけたところ、永井選手は「不利だから嫌だという感覚はない。その分、勝った時の喜びが大きい」と話した。与えられた場でやりがいを見いだしているという

 ▼病気のため2歳で全盲となった。小学生で始めた柔道は技の形をつかむのに時間を要した。同町にある林昌寺道場で指導者の体に触れて柔道を覚えた。稽古を積んで技を磨き、黒帯の健常者も投げ飛ばすまでになった

 ▼パラリンピックでメダルを目指しながら、もう一つの夢を追う。中学・高校の数学教員免許を取得しており採用試験に臨む。数学の図形は何度もブロックを手で触れ、形が頭に浮かぶ。大学入試は点字で健常者と同じ一般入試を受け、2浪して学習院大理学部数学科に合格した努力家だ

 ▼全盲での暮らしは想像を超える困難もあるだろうが、包丁で野菜を切ることもできる。「見えないのが普通だから。目が見える人でも手を切ることもあるでしょう」と意に介さない

 ▼「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」。パラリンピックの父と呼ばれる故ルートヴィヒ・グットマンの言葉をかみしめたい。