▼1783(天明3)年の浅間山大噴火では吾妻川沿いをつたった泥流が人々の生活を一変させた。開館したやんば天明泥流ミュージアム(長野原町)を訪れ、迫力あるCGで再現された映像から火山災害の恐ろしさを感じた

 ▼同町の八ツ場ダム建設に伴う発掘調査で、茶葉が入ったままの茶釜、梅干しの種が残ったおけ、煙管(きせる)に残る刻みたばこが出土した。生活感のある出土品が展示や映像に生かされている

 ▼古沢勝幸館長は「当時の人が絵図や古文書、供養碑でこの災害を伝えようとした。(同館も)災害にどう備えるか考えるきっかけを与えたい」と話す。江戸時代の大噴火を経験した人はいないが、身近な出来事のような気がした

 ▼泥流は千葉県銚子市まで流れ着いた。大噴火による死者は1523人、被害家屋は2065戸あった。特に嬬恋村鎌原には「土石なだれ」が襲い、住民の8割が死亡した。高台の鎌原観音堂に続く階段が「生死を分けた15段」として語り継がれる

 ▼観音堂近くの嬬恋郷土資料館は12月26日まで、企画展「『封印された天明三年』の扉を再び開く」を開催している。鎌原で行った1979~91年の発掘調査の詳細を紹介する

 ▼天災は忘れた頃にやってくる。自然災害が発生する度にこの警句を耳にするが、被災者が残した教訓をあらためてかみしめたい。天明の大噴火が起きたのは238年前のきょうのことである。