▼「文化で日本を元気にしよう」。臨床心理学者の故河合隼雄さんが2002年、文化庁長官に就任したとき第一に掲げた抱負だ
▼これが、さまざまな場で展開される「文化力プロジェクト」の起点となった。以後、河合さんが発表し続けた文化の真価を説く文章のなかで、とりわけ強く心に残った言葉がある
▼〈文化の力は、互いに違いのある人と人、人と地域、地域と地域、さらには国と国までも「つなぐ」こと、そこから新しい価値を創造していくことにある〉。さらに、つながりから新たなものを生み出すことが〈今、日本の社会に一番求められている〉と強調した
▼河合さんの主張を久しぶりに思い出した。萩原朔太郎の没後80年にあたる来年秋、前橋文学館が全国の文学館などで一斉に朔太郎に関わる企画展「朔太郎大全」(仮称)を開く。その例のない仕掛けに、北海道から九州まで31もの館が参加するという
▼資料や情報を交換し合い、各館の特色を生かした朔太郎像を模索する。1人の文学者によって生まれるこのネットワークが、人、地域を結び、日本を元気にする力をもつのではないか
▼コロナ禍で文化芸術活動は制限を余儀なくされ、つながりの多くが分断されている。そんな厳しい事態だからこそ、文化力が担う役割は一層重みを増す。そのことを再認識させてくれる取り組みだ。