▼「碁聖」とたたえられる江戸時代の棋士、本因坊秀策(1829~62年)の逸話に「耳赤の一手」がある。18歳のとき囲碁家元四家の一人、井上幻庵因碩(げんなんいんせき)と対局した。勝負は中盤まで因碩が有利な形勢で進んだ

 ▼秀策は長考を重ね、127手目を打った瞬間に「秀策の勝利」を予言する男が現れた。男は医師で「あの一手で因碩の耳が赤くなった。動揺し自信を失った証拠」と述べた。予言通り形勢は逆転し、秀策が勝利を収めた

 ▼家元四家「本因坊」の名を冠して1939年に始まったのが「本因坊戦」である。棋士が最強の称号を懸けて闘い、名勝負を繰り広げてきた

 ▼第76期本因坊戦七番勝負の第1局がきょう、高崎市の旧井上房一郎邸で開幕する。昨年5月に同所で行われるはずだったが、新型コロナウイルスの感染拡大で中止。誘致を進める市と主催者の協議で改めて開催が実現した

 ▼対戦するのは昨年と同じく井山裕太本因坊(31)と芝野虎丸王座(21)。ファン垂涎(すいぜん)の対局である。芝野は10代で初めて七大タイトルを獲得し、井山の最年少記録を10年ぶりに塗り替えた。昨年は井山が4勝1敗で退けたが、両者の対戦成績はほぼ互角。雪辱を期す芝野に対し、井山には25世本因坊の趙治勲(ちょうちくん)と並ぶ歴代1位の10連覇が懸かる

 ▼第1局の決着はあす12日。名建築として知られる旧井上邸を舞台にどんなドラマが生まれるのか。勝負の行方を見守りたい。