▼「かけ走りの御奉公」。そんな言葉があることを初めて知った。前橋藩第5代藩主、酒井忠挙ただたか(1648~1720年)が書状で使っている。高い家格にふさわしくない仕事も進んで勤めることを意味し、藩主自身が心がけ、息子にも命じたという

 ▼新版が出された『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』(福留真紀著、文春学芸ライブラリー)を読んで、思いもかけない挫折を味わった名門御曹司がもつ、人間としての厚みを改めて実感できた

 ▼大老を務めた父の失脚後、責任を追及され逼塞ひっそく処分まで受ける。本書はそんな苦難の道を余儀なくされた忠挙が、老中や将軍側近に出した二十数年にわたる書状を読み解き、何を求め、行動したか考察している

 ▼そこで描かれる人事の悩みや家族への気遣い、幕府への苦言などで見えてくるのは、等身大の人物像だ。きまじめな生き方を貫き、失意のなかでも使命感をもって家格の存続に尽くしたことが分かる

 ▼幕政では思うように活躍できなかったが、前橋藩政においては、文治政治を掲げて藩校の創設をはじめ数々の制度を整え、名君とたたえられた

 ▼忠挙の家訓にこんなくだりがある。〈学問とは人たるの道を学ぶことである〉〈名利のためにする学問は不学に劣る〉。事績の背景には、政治の厳しい現実に直面しながら深めた思索の蓄積があったのだ。