▼猛暑から逃れようと、片品村で沢歩きを楽しんだ。専用の靴を履いて一歩を踏み出すと、冷たい水が気持ちいい。遡行そこうすると5メートルほどの滝が現れた。ごう音が包み、風に乗って水しぶきが飛んでくる。涼風を独り占めした

 ▼〈おほらかに滝の真中の水落つる〉山口草堂。滝は夏の季語として俳句に詠まれ、山水画にも描かれてきた。日本人ほど愛する国民はいないのかもしれない

 ▼滝をモチーフに描き続けているのが画家の千住博さんだ。1995年のベネチア・ビエンナーレでは出品作「ザ・フォール」が高い評価を得た

 ▼だがモチーフを見つけるまでが大変だった。ハワイ島をヘリコプターで飛行していたときにシカの群れを見つけた。蜘蛛くもの子を散らすように逃げる中、1頭がこちらをにらんでいる。迫力と存在感に感動して筆を取ったが、気品に満ちた姿が描けなかった

 ▼そのときに見た滝なら、シカの崇高さを表現できるのではないか。そう考えたが、流れ落ちて形の定まらない滝も難題だった。苦肉の策が白い胡粉ごふんを溶いた絵の具を流すこと。描くのではなく、滝を創り出すことだった

 ▼軽井沢には作品を展示する私設美術館がある。建物も独創的で、光あふれる空間は地形に合わせて緩やかに傾斜する。圧巻は最奥部の「ザ・フォール・ルーム」。神秘的な滝にしばし時間を忘れる。