▼上毛新聞の記者になって何度も経験するのが展覧会の取材。絵画や陶芸、書道など幅広く、趣味の集大成から人間国宝の作品までさまざま。作家に魅力的な人が多く、つい話し込んでしまう

 ▼画家を目指す若者にとって、個展は作品を世に問う最初の関門だろう。会場費、額装代、案内状の印刷と発送、搬出入など手間と費用がかかるが、絵が売れることはまれだ

 ▼無名だった安野光雅さんも銀座で何度か開いたが、針のむしろに座っているようだった。評論家や美術記者が来るわけでもなく、目利きの画商がこっそり訪ねて来るのは映画の世界だけ

 ▼心境は落語の「寝床」に登場する大家と同じだった。義太夫を聴いてもらうため、酒とさかなを用意して店子たなこを招待しても、理由をつけて誰も来ない。〈それくらいの屈辱感に耐える度量がないと、個展はできないし、これから先の人生を生きていけません〉という

 ▼美術団体の公募展に出品し、イラストや挿絵を手当たり次第に描いた。教員を辞め、画家として奮闘していたときに声が掛かり、初めて描いたのが絵本『ふしぎなえ』。絵の中だけに存在する不思議な世界が子どもの心をつかんだ

 ▼県立館林美術館で9月22日まで、展覧会が開かれている。欧州の街並みや農村の風景、絵本原画など水彩で描かれた安野さんの世界が広がっている。