▼建立者の名はない。末尾に「安永五年丙申ひのえさる十一月 百姓等建」と刻まれたその石碑から、関わった人たちの苦難の歴史と、それを救った人物への強い感謝の念が伝わってくる

 ▼前橋市総社町の光巌寺境内にある「力田遺愛碑りょくでんいあいのひ」(県指定史跡)。江戸期初め、総社藩主となった秋元長朝ながともが、戦乱で荒廃した領内の復興を目指し、かんがい用水を確保するために植野ぜき(天狗岩用水)の開さくを計画した

 ▼利根川から取水する難工事は、3年をかけ1604年に完成。水田を開いて人々の生活を豊かにした。その遺徳をしのんだ碑である

 ▼封建時代に領民が為政者の治績をこんな形で顕彰するのは全国でも珍しいという。建てられたのが開さくから170年余り後なのも異例だ。秋元家は転封後も子孫が総社地区の窮地を救っており、領民にとって長朝の取り組みが時を経て一層、重みを増していたのだろう

 ▼前橋、高崎市、玉村町の水田を今も潤す天狗岩用水が「世界かんがい施設遺産」の候補として申請されることになった。登録要件である農業の発展への貢献、卓越した技術は十分に満たしている

 ▼長朝の功績を伝えるため、地元では武者行列などの催しが隔年で開かれている。碑の精神と重なるそんな活動も遺産にふさわしい。歴史に学び、先人の気概を継承する機運がさらに高まってほしい。