▼30年での減少幅にあらためて驚く。新時代となった令和元(2019)年の県内出生数は1万1901人で、バブルの好景気に沸いた平成元年から半減となった。群馬を支える層の急激な先細りは続いている

 ▼自然減が避けられない中、社会増、交流人口増へ知恵を絞ってきた県や市町村だが、コロナ禍で立ち往生を余儀なくされた。県境を越えた移動の自粛という“鎖国”体験に多くの人が戸惑ったろう

 ▼身近でも実感した。実家の母は、何かと頼りにしていた北埼玉の親戚との行き来がなくなった。川を渡ればすぐそこだけに歯がゆい。普段意識しない県境の存在を強く感じざるを得なかった

 ▼観光誘客も県内中心の状態が続くとみられる。ただ移動制限は窮屈だが「群馬で暮らす」ということを考える機会にもなったのではないか

 ▼公共交通の整備が課題とされてきた車社会の本県だが、見方を変えれば満員電車に乗ることなく通勤できる。さらにオンラインの急速な浸透は、職場と自宅の距離という問題からの解放にもつながる

 ▼過密と引き換えの都市の便利さと、効率は落ちるが時間、空間に余裕のある地方の暮らし。価値観が変わっていく兆しがある。新しい生活様式の広がりで、利根川と同じく東京へ向かっていた人の波が、県境を越え群馬に流れ込んでくる日を夢見ている。