四十数年前、私の生家は伊香保温泉で旅館を営んでいました。「観光地には文化・芸術・工芸などで人の心を癒やす施設が必ず必要になる」という父の強い信念の下、1981年に業態転換し、竹久夢二伊香保記念館を開館しました。オープンすると、夢二の魅力と高度経済成長の時代の勢いに乗り、多くのお客さまにご来館いただきました。以来、施設の拡充を進め、入館者は現在までに506万人を数え、今年5月には40周年の節目を迎えることができました。

 要である作品・資料は多くの方々のご支援とご協力をいただきました。夢二の代表作『黒船屋』をはじめ多彩な約1万6千点を所蔵しています。施設はおよそ1万坪の「大正ロマンの森」と呼ばれる自然林を含む庭園に囲まれ、最初に建てられたのは、白壁土蔵造りの「大正ロマンの館」でした。その後、増改築を重ね、モダンな洋館造りの「夢二黒船館」、純粋な日本建築にこだわった「義山楼」、旅館だった場所を改築した「夢二子供絵の館」の4棟が点在しています。

 ところで、私たちは日々、生命を維持するために食物から栄養を取ります。それに対して心の栄養も欠かすことができないと考えます。心の栄養は「美しい」「きれい」「楽しい」など五感を通じて心の底から感動することによって蓄えることができるのではないでしょうか。

 しかし、心に余裕がないときは、目の前にあるものを見ることができなくなります。例えば、路地に咲いている花、空にきらめく星や月、それらに気付き、どんなときでも心を震わせることができるでしょうか。特に忙しい時は視野が狭くなりがちです。忙しいという字は心を亡くすと書きます。「物はあるから見えるのではなく、見るから見える」のだと思います。そうした意味で、美術館の果たす役割は大きいと考えます。

 当館は茶道の心を取り入れ、おもてなしの心を大切にしています。一期一会の出会いかもしれないお客さまに対して、心から楽しんでいただけるよう職員一人一人が心からの接客を実践しています。茶室は日本の伝統的かつ理想的な美術鑑賞空間でもあります。そこに着目し、お客さまをお迎えするため随所に心を尽くしています。主役は夢二の多彩な作品。脇役には、大正ロマンを感じられるぬくもりあふれる調度や工芸品を配し、各所に野の花を生け、五感に働き掛ける演出を心掛けています。

 ありがたいことにリピーターが多いことも特徴で、入館時にお客さまからうれしいお声掛けをいただく機会もあります。現在、開館40年の特別企画展を開催中です。これから1年間、群馬と夢二のことを中心に寄稿していきたいと思います。

 【略歴】会社員を3年経験して1996年から竹久夢二伊香保記念館に勤務。2016年から現職。学芸員の資格取得を目指して17年に京都芸術大に編入し、在学中。

2021/12/01掲載