▼落語家の立川談志は講談の衰退をとても心配していた。タレントの永六輔が冗談で落語家になると言ったら手紙が届いた。「永さんは落語家にならない方がいい。講釈師がいなくなって何とかしないといけないから、講釈師になったらどうだ」とあった

 ▼談志が最近の講談界の隆盛を見たら何と言うだろうか。人気に火を付けたのは真打ち昇進と同時に大名跡の神田伯山を襲名した松之丞。師匠は人間国宝の神田松鯉。伊勢崎出身、生粋の上州人である

 ▼松鯉は前橋商高を卒業後、演劇や歌舞伎俳優を経て、2代目神田山陽に入門した。「当時の講談は沈滞し尽くして入門者もいない。講談決死隊と言われた」という

 ▼アルバイトで食いつなぎ、講談本を古本屋で買いあさった。床が抜けそうになったので、庭に別棟を建てたほど。精進のかいあって持ちネタは500以上。人間国宝認定には連続講談への精力的な取り組みが評価された

 ▼伯山の入門時、一つだけ約束を交わした。それは決して辞めないこと。辞めることは先人が使ってきた膨大な時間を無駄にすることになると諭し、「取って良かったと思える弟子になってほしい」と励ました

 ▼結果が出るのはまだ先のこと。連続講談ならここで釈台に張り扇や扇子をパンと打ち鳴らし、〈さて伯山どうなることやら。続きは次回!〉となる。