▼〈もえ さりし ふみ の かたみ と しろたへ に つみたる はひぞ くつ に ぬくめる〉。作者は歌人の会津八一。読みやすく直せば「燃え去りし書の形見と白妙に積みたる灰ぞ靴にぬくめる」となる

 ▼1945(昭和20)年4月13日の東京空襲で家が焼けた。本は灰となって白く積み重なり、靴で踏むとぬくもりが伝わってきたという。八一にとって書物は精神の糧でもあったろう

 ▼こちらも失ったものがあまりに大きな火災だった。昨年5月に起きた桐生市の新井リコさん(86)宅である。夫で世界的なテキスタイル・デザイナーだった淳一さんが手がけた布、桐生織塾が保管していたつむぎかすりのコレクションまでが灰燼かいじんに帰した

 ▼リコさんは国内外の展覧会で活躍する版画家だ。東京芸術大で洋画家の山口薫らから指導を受け、同級生には「ボクシング・ペインティング」で有名な篠原有司男がいる

 ▼火災では大切にしていた版画も炎に包まれた。「延焼しなければいい。それだけ考えていました」。炎を見つめ、焼け跡にたたずむ姿を思うと胸が痛む

 ▼あれから9カ月、リコさんは借家で1人暮らしを始め、娘に励まされ再びスケッチを開始した。「木を描いていると枝の形がだんだん見えてきて、話し掛けてくる気がするの」。寒風はまだ厳しいが、芽吹きの春は間もなくだ。