▼陽気に誘われて高崎南部の自然歩道を散策した。市内の篤志家が建てた万葉集の歌碑が道沿いにあり、新緑の切れ目に時折目に入る

 ▼歩を進めると、〈紫草(むらさき)の根延(ねは)ふ横野の春野には君をかけつつうぐひす鳴くも〉の碑があった。読むとそこかしこで響く「ホーホケキョ」の鳴き声が耳に残り、緑に染み入るように感じる

 ▼令和の典拠となった万葉集の一節は「梅花の宴」だ。梅とウグイスの組み合わせもなじみがあり、新元号との縁を感じながらの散策となった。この自然歩道はユネスコ「世界の記憶」に登録された上野三碑の山上碑と金井沢碑を結び、「石碑(いしぶみ)の路(みち)」と呼ばれる

 ▼三碑の建立は1300年ほど前。碑が建てられたくらいだから、当時よく人が往来していたのだろう。中世以降は鎌倉街道として使われたという説が有力だ。戦国武将、武田信玄が造らせたとされる根小屋城にも延び、多くの歴史を刻んだに違いない―。高崎商科大の熊倉浩靖特任教授(日本古代史)はそう読み解く

 ▼三碑のうち多胡碑は「和銅」と書かれ、元号が残る国内最古の石碑でもある。同大は三碑や石碑の路にスポットを当て、地域の活性化につなげる取り組みに力を入れる

 ▼歴史ストーリーは観光資源になる。来年は群馬デスティネーションキャンペーンがある。埋もれたストーリーをどれだけ掘り起こせるか。