▼新元号が「令和」と決まって以来、典拠となった『万葉集』への関心が高まっている。図書館などの特設コーナーを見て浮かぶのは、旧群馬町出身の歌人で文化勲章受章者の土屋文明(1890~1990年)の膨大な万葉集研究だ

 ▼近代日本の代表的歌人として大きな足跡を残す一方で、20代後半から本格的に研究を始め、ライフワークとして全歌注釈書『万葉集私注』(日本芸術院賞受賞)に心血を注いだ

 ▼大きな特徴は、短歌の実作者らしい鋭い批評眼が貫かれていることだ。過去の研究者の定説を覆す大胆な指摘が波紋を呼ぶこともあった。その一例が、新元号に使われた「梅うめの花 はなの歌三十二首」序文の作者の特定だった

 ▼歌宴の主催者である大おおともの伴旅 たびと人、あるいは山やまのうえの上憶良おくら諸説あるなか、文明は敬称の使い方などを理由に、憶良の作と断定した

 ▼さらにこの見方への批判に対しても、強く反論した。正解は確定していないが、作者の資質を丁寧に説く文明の言葉に、万葉集に寄せる愛情の深さが伝わってきた

 ▼〈歌人というよりも、単なる一社会人として、せいぜい二首か三首の作品を残した人の作に、よく人生の深いところに根差しておる、捨てがたい歌が多い〉(ちくま文庫『万葉集入門』)。万葉集の本質をそうとらえる文明が 新元号を見たとしたら、どのように喜びを語ったことだろう。