▼統計はそう古い言葉ではないらしい。欧米から日本に統計学が移入されたのは幕末から明治維新の頃。英語の「statistics」の訳語として付けられた。訳を巡ってさまざまな言葉が生まれた

 ▼形勢、知国、国治、表記などがあった。福沢諭吉は政表を使った。日本の遅れた文明を進歩させ、文明の進んだ国の侵略から国の独立を守るために統計の重要性を早くから説いた

 ▼福沢がつくった慶応大と並び、有数の伝統を持つ早稲田大の創設者、大隈重信も新しい国づくりのために統計整備の必要性を認識し努力していた。『統計学の日本史』(宮川公男)などから引いた

 ▼森鴎外が絡んで繰り広げられた訳語論争も起きたが、明治半ばまでに統計が主流となり、現在に続く。福沢らに共通するのは国の繁栄や人々の幸福にとって統計が不可欠であるとの思いだろう

 ▼統計への信頼性が揺らぐ。厚生労働省による毎月勤労統計の不正問題である。さらに政府の基幹統計56のうち、23統計で不適切処理事案が見つかった。身内による聴取が判明したり、公表後に新たに不適切事案が見つかったりとずさんな対応も見られる

 ▼雇用保険の支払い不足などにもつながる身近な問題だ。大隈は次のように考えたという。〈国の情勢を詳細に明らかにしなければ、政府は政治を執り行うことができない〉