▼1908年6月18日、日本の移民781人を乗せた「笠戸丸」がブラジルのサントスに入港した。ブラジル移民の始まりである。110年前のこの出来事にちなんで、きょう18日は「海外移住の日」に定められた

 ▼ブラジルへの移住はその後も進められ、大規模な日系社会を形成。本県からも3千人を超える人が海を渡った。ところが、90年ごろから、その日系人がもう一つの祖国、日本を目指すようになった

 ▼大勢の日系ブラジル人が住み着いた代表例が群馬県大泉町だ。今では「多文化共生のまち」として多国籍化が進み、昨年末時点で外国人の数は町人口の18・1%を占め、国籍は47カ国に及ぶという

 ▼実は本県はかなり古くから多文化共生の地だった。昨年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録された「上野三碑」(高崎市)がそれを物語る

 ▼飛鳥-奈良時代に建てられた三碑は、中国の政治制度や漢字文化、インド発祥の仏教が多数の渡来人とともに伝来し、この地で受容され広まったことを証明する。石碑文化自体が中国で生まれ、朝鮮半島を経て日本に伝わった

 ▼米朝首脳会談を契機に、停滞していた日朝関係が対話に向け動きだした。1300年以上前から交流してきた歴史がある。日本人拉致問題で安易な妥協はできないが、未来志向で平和を目指してほしい。