▼こんな危険を冒してまで残してくれたのか-。安中市松井田町の県指定史跡「碓氷関所跡」の保存に関わる歴史をたどるたびに、胸を揺さぶられる

 ▼1869(明治2)年、全国の関所の廃止が決まり、碓氷関所も取り壊し焼却されることになったときの、関守をしていた人物の対応だ

 ▼先祖代々勤務した関所であり、建造物の一部でも何とか守りたいとの思いが募り、おじとともに門柱、門扉、屋根材などを隠し、保存したのである(五十嵐富夫著『近世関所の基礎的研究』)

 ▼発覚すれば、厳しいとがめがあることを覚悟しての行動だった。それから90年たった1959年、執念が実る。これらの資材を使って、碓氷関所の東門が復元されたのだ。その際建立された「碓氷関門復元碑」には、こう刻まれた。〈当事者の献身と名関を哀惜し古跡を顕彰しようとする人々の温情によるものである〉と

 ▼これをはずみに、関所全体の復元と国史跡への格上げを、という声が地元で強まったが、なかなか前に進まなかった。それがここに来て大きな一歩を踏み出した。安中市が関連遺構を合わせた国史跡化に向けて、本年度から初めて学術調査のための基本計画策定に着手するという

 ▼「献身と温情」を持ち続ける人がいたからこそ始まった動きである。その労苦と熱い思いに感謝し、早期の指定を願う。