▼「これは、私が終生を捧げる仕事になる」。遺伝学者の田島弥太郎さん(1913~2009年)は旧群馬町に建設される県立日本絹の里の初代館長の就任依頼を受け、そう感じたという。1998年、84歳だった

 ▼「伝統ある蚕糸絹業の重要性に鑑み、蚕糸及び絹に関する県民の理解を深める」との設置目的と構想に心打たれたからで、すぐに快諾した

 ▼蚕種業で栄えた旧境町島村の養蚕農家の生まれで、蚕を使った遺伝学の権威。低迷する蚕糸業の振興を願ってきた一人として、「絹文化とともに産業自体も支えられれば」と強い意気込みを語った(98年10月27日付上毛新聞)

 ▼それから20年。絹の歴史や技術を紹介する展示に何度、目を見張らされたことか。絹の国群馬ならではの掘り下げ、染織などの体験学習が多くの人たちに絹の素晴らしさを伝え、入館者は60万人を超えた

 ▼この間、「蚕糸及び絹に関する県民の理解」は飛躍的に深まった。絹文化の継承、活用とともに、蚕糸業そのものも再生に向けた取り組みが進んでいる

 ▼「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録が大きく作用したが、それ以前から高い志をもって価値を発信し続けてきた同館の役割の重さをあらためて実感する。21日には20周年記念式典がある。絹文化を後世に継承する拠点として、一層の充実を図ってほしい。