▼「堤防は小刻みに震えていた」。カスリーン台風が関東地方を襲った1947年9月16日未明、埼玉県東村(現・加須市)の利根川右岸に水防団員として招集された時の恐怖を7年前、橋本岩男さん(当時82歳)はそう語った。積んでは流される土のう。あきらめて避難を始めたその時、堤防は決壊した。「闇夜に響いた轟音(ごうおん)が忘れられない」
▼橋本さんへの取材は、民主党政権が打ち出した八ツ場ダム中止方針の検証の一環だった。その後、自民が政権を取り返し、八ツ場事業は再開。現在、ダムサイトの建設が急ピッチで進む
▼同台風を教訓に52年から続く国と利根川利水都県などの水防演習が20日、加須市の堤防決壊地点で住民ら1万5千人が参加して開かれた
▼目を引いたのは地元水防団による水防工法の紹介や訓練。洪水時に水圧で堤防にできた亀裂を杭(くい)と鉄線で縫い合わせたり、漏水が見つかれば土のうを積んで決壊を防ぐ
▼八ツ場とは対照的な人手頼みの水防だが、国交省の田中良生副大臣はあいさつで、一昨年の関東・東北豪雨などを教訓に「施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生する」と“最後の頼み”への期待を強調した
▼演習の取材後、7年ぶりに橋本さん宅を訪ねた。橋本さんは3年前に他界していた。存命なら89歳。家族によれば、決壊を経験した水防団員はいなくなったという。