4月18日、東京文化会館で「点字楽譜利用連絡会(点譜連)設立15周年記念コンサート」が開かれました。コロナ下でしたが、このコンサートだけは聴き逃したくないと注意しながら出掛けました。新緑の上野公園。心が潤うような演奏会に、夕日も透明感が増したように感じました。

 代表の和波孝禧(たかよし)さんをはじめ、視覚障害のある音楽家7人を含む13人が、宮城道雄の「春の海」やリストのピアノ曲、ヘンデルやモーツァルト、ブラームス「弦楽六重奏曲第2番」などを熱演しました。和波さんが進行する曲間のインタビューも、演奏者それぞれの人柄が感じられ心和むひとときでした。

 ソプラノの沢田理絵さん、上田喬子さんは「点字では、楽譜と歌詞の両方を同時に理解するため両手でなぞるうちに、歌詞か楽譜かが分からなくなってしまうことがあります」と語られました。和波さんは点字楽譜の実物を用意され、「これが第1楽章、これが第2楽章」と、それぞれ1冊の厚みが10センチ近くありそうな、重そうな冊子を見せてくれました。本来の楽譜は厚さ1センチに満たない小型のものです。点字は指先で判断できるよう凸凹が分かりやすい分厚い用紙を使用するため、どうしてもかさも重さも増えてしまうのです。

 フランスのルイ・ブライユにより考案された「点字」は、明治の初頭に日本に伝えられ、1890(明治23)年に日本語の点字が制定されました。以来、個人向けに点訳を工夫した楽譜を、点譜連は「公の財産に」とそれぞれに説得を続け、会が発足してわずか2年で最初の目録を発行したといいます。点字楽譜の制作には専門知識が必要で、多くの点訳ボランティアが支えてくれています。その点訳者の高齢化が進んでいるのに、点訳を志す人が少ないのが現状だそうです。和波さんも75歳。次世代への継承が課題といいます。

 私は少年時代の和波さんが、目黒の恩師・鷲見三郎先生のレッスンに通う姿を何度も見掛けています。それから60余年。私の心に印象画のように残っているのは、バイオリンをしっかり抱えて白杖を頼りに歩みながら母上に語り掛けている明るい笑顔と、坂道に伸びる2人の長い影です。しかしその頃は、想像を絶するような忍耐と努力でバイオリンと格闘した日々だったと、後に母上が著した『母と子のシンフォニー』(音楽之友社)にありました。

 当会のチャリティーコンサートをはじめ何度も演奏会に伺っていますが、いつも穏やかさに満たされる演奏です。和波さんの「楽譜はいつも母が点訳してくれました」と話されていた日々が、今日の点譜連の活動につながっているのだと敬意を表します。皆さまからのご支援も募っています。点譜連のホームページをぜひ、ご覧ください。



認定NPO法人難民を助ける会会長 柳瀬房子 東京都渋谷区

 【略歴】1976年に前身団体設立メンバーとなり、理事長を経て現職。法務省の専門部会委員を務め、現在は難民審査参与員。東京都出身。青山学院大大学院修了。

2021/05/18掲載