「山伏」と聞いて何を思い浮かべますか。岩を登ったり、滝に打たれたり、道無き道を進む厳しい修行のイメージでしょうか。人里離れた山奥でなにやらハードなことをしている謎の集団でしょうか。芸能に描かれる歌舞伎の勧進帳や狂言の柿山伏を思い浮かべた方もいるでしょう。天狗(てんぐ)と言う方もいますが、あれはどちらかというと、天狗が修験者(山伏)の格好をしているのです。

 漠然としたイメージはあれど、山伏とは一体何者なのか。答えは「修験道を信仰している人」です。日本に仏教が伝来する以前からある自然崇拝、山岳信仰、土着の民俗信仰、そして中国から伝来した道教や仏教が習合され、さまざまな信仰が混ざり合った日本独自の信仰です。

 山伏は大自然そのものを神や仏とし、険しい山を修行の道場として時には命懸けの修行をし、己が山の修行で積んだ徳や験力を、里に戻って人々に還元します。困っている人に手を差し伸べられる強い自分をつくるために、厳しい修行を積んでいるのです。もちろん根本的な部分には、自分の中にある煩悩を打ち消すという意味もあります。

 そんな山伏の代表的な修行に大峰奥駈(おおみねおくがけ)修行があります。修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)様が修行のために開かれた大峰奥駈道を巡る修行です。現在、総本山の聖護院(京都)では奈良県吉野から前鬼までの山での修行と熊野三山を巡る修行をしています。1日約25キロ。そんなものかと思われるかもしれませんが、これが起伏のある山道の縦走だと心身ともにきついのです。全行程は約100キロで、5泊6日のうち4日間は午前2時から午後5時まで。岩を登り、鎖場では鎖1本で己の命を両手だけに託す場面もあります。獣道のような険しい道やほぼ垂直な斜面など、修行中は捻挫したり足の爪がはげたり満身創痍(そうい)でした。最終日に熊野三山の那智本宮、熊野本宮、新宮速玉(しんぐうはやたま)をお参りして満行です。

 そんな苦行の中、他を思いやる優しさに触れました。私が新米山伏だった時のことです。修行僧として初めての山修行でした。当時18歳で参加者の中で最年少だった私を気にかけてくださる方がたくさんいたことを今でも忘れません。捻挫した私にテーピングの方法を教えてくれる方、山の歩き方を指導してくださる先輩、「一緒に頑張ろう」と声を掛けてくださる方。生きた心地のしない山修行を終え、帰山した際に御門主様に「ようやった!」と握っていただいた手の温かさと力強さに安堵(あんど)し、涙したこと。誰に対しても容赦のない大自然と、それとは逆に他を思いやる人間の温かさに触れて自分が日々、さまざまなものに生かされていると実感します。

 今度は修験道の原点に戻り、誰かを思いやり、手を差し伸べる人間になりたいと思いを募らせています。



大福院僧侶 小野関隆香 榛東村広馬場

 【略歴】県内最年少の女性山伏。京都の聖護院で2017年から2年間修験道を学び、19年4月に大福院(榛東村)の次期住職に。法話会で山伏の文化を伝えている。

2021/05/09掲載