4回目は県境を越えた医療連携についてです。

 明治の初期に廃藩置県がありました。1871年の第1次編成では、現在の館林市邑楽郡を除いた範囲で群馬県が成立しました。当地域は、足利や佐野と一緒の旧栃木県でした。現在の「両毛」です。その5年後の第2次編成で、当地域が編入されたほぼ現在の群馬県となりました。現在の当地域は、買い物や学校で足利や佐野に通うことも少なくなく、両毛生活圏といった印象です。

 医療でも同じような連携が増えています。周産期小児医療では、地域の中核病院から産科と小児科撤退の後、佐野や足利頼みが10年以上続いています。足利の中核病院も「両毛地域の医療を支える中核病院」とうたっているくらい、群馬、栃木双方とも、両毛の意識が強いのでしょう。

 館林の当院から主な中核病院までの車による所要時間は、埼玉県の羽生が18分、次いで栃木県の佐野、足利、茨城県の古河が30~40分。同じ2次医療圏の太田は42分、桐生は52分です。実際の紹介先としても、県内の太田が3割ほど、残りは県外となっています。救急搬送も県内だけでまかないきれていません。通院や入院の付き添い、そして救急搬送では移動距離や時間は大切な判断材料です。

 一方、行政施策や会議の場合、どうしても群馬県や東毛といった県の枠で考えます。県を越えた連携の視点がほとんどありません。東毛は桐生・太田・館林です。当院から桐生への紹介は15年で1例もありません。桐生と館林の連携よりも、桐生と足利、館林と佐野といった両毛の連携の方が実際は多いのです。小児医療や救急医療で実際の人・患者さんの流れをみている立場からすると、これでいいのかなと考えています。

 感染症の会議でも、県・東毛の域を超える連携の話題はご法度でした。感染症は県単位で考えるのが基本のようなので仕方ないかもしれませんが、小児を中心に県境を越えた連携を提案してみても、遅々として進みません。

 その縛りを今回のコロナ禍があざ笑うかのように襲来しました。東毛が県内の感染中心地ですが、検査や入院先を遠方であっても県内でまかなうため、その調整で保健所が大変苦労しています。受け入れ病院が管内からなくなった時期でも、近隣他県に頼ることはできませんでした。県の会議で多くの議題や施策の方向性を見ていても、医療連携など必要な領域については、県の枠にとらわれず、両毛や複数県乗り入れなど、県境を越えた連携で協議できないものかと感じています。

 会議では、議題によっては県都方向以外の3方向を向いている自分がいます。目に見えない県境に縛られず、目に見える人の流れを大切にしたいと思い、今後も会議などで発言し続けたいと思います。



こやなぎ小児科院長 小柳富彦(館林市富士原町)

 【略歴】2006年開業、11年に病児保育室を開設する。館林邑楽地域の小児医療、子育て支援に関わる。館林市邑楽郡医師会理事。農大二高―自治医大医学部卒。

2021/5/3掲載