前回の「障害とは何か」で述べた、違いが生み出す化学変化について今回、話したい。

 2019年6月、私は高崎市で開かれたイベントに漫才、コントコンビ「富岡ブラザーズ」として出演した。きっかけは、私が障害者就労支援事業所に勤め始めて1カ月たった頃、クリスマス会の出し物を皆で考えていた時のことだった。

 私が軽い気持ちで「コントを作るからやってみよう」と提案すると、すぐに1人の男性が「自分もネタを書きたい」と名乗り出た。20代の彼は、私が勤める少し前からここを利用しており、7年間のひきこもり経験があることから私が支援の担当になっていた。

 その時私は、「大丈夫かな」と、初めてネタを書く自分のことを棚に上げ彼を心配したのだが、杞憂(きゆう)に終わった。彼は数日後には原稿用紙10枚以上はある大作を作ってきたのだ。それは桃太郎のパロディーで、ギャグ漫画のような自由な展開と、少し毒のある鋭い笑いのセンスが際立つ作品だった。

 その作品を披露するために、改めて一緒にネタ作りや練習をする必要があったが、彼は発達障害の特性でコミュニケーションが苦手だったため、当初それらを拒んでいた。しかし、コミュニケーションを通じてより良いもの、より面白いものが生まれていくうちに、少しずつ手応えを感じてきている様子だった。

 2人の関係性も笑いの要素だった。彼はいつも落ち着いた口調で話すことからツッコミ担当になり、必然的に私がボケ担当になった。普段は支援される側とする側がツッコミとボケ、20代前半と30代後半。皆の前でネタ見せをした後で、私が「大事なボケのセリフかんじゃったけど、どうだった?」と聞くと、彼は「次はちゃんとしてください」。「頑張ります」と私。そのやりとりだけで笑いが起きた。

 そしてクリスマス会当日、彼が作った漫才「桃太郎」は大きな笑いを巻き起こした。一番ウケたのは、後半ヤマ場、私が似てない織田裕二の物まねをしつこくした時に彼が発した、心からの「やめろ!」だった。ちなみに私が作ったコントは…背筋に冷たい汗をかいたのを覚えている。

 その後も彼はどんどんネタを書き続け、事業所で披露した。彼は次第にコミュニケーションがスムーズになり、表情も豊かになっていった。

 そうした中、イベントの関係者から声が掛かり、ステージで漫才、コントを披露することになったのだ。

 おそらく彼に会わなければそのような経験はしなかっただろう。私は彼がもたらしてくれた「笑い」そして「絆」という、違いが生み出した「化学変化」に感謝している。これはお金には代えられない大切な宝物だ。彼には心からありがとうと伝えたい。



自立支援スペース「ワンステップ」代表 中沢充宏 安中市郷原

 【略歴】2014年にワンステップを立ち上げ。20年3月まで富岡市の障害者就労移行支援事業所勤務。エミューの研究を経験。元警察官。渋川市出身。東京農業大卒。

2021/05/01掲載