▼きょう25日は、旧暦だと11月15日。清の時代の北京では11月15日になると、月が天の中心にかかることから、月天心(つきてんしん)といったという。この言葉で思い起こすのが江戸時代に絵師、俳諧師の二つの顔で活躍した蕪村の俳句〈月天心貧しき町を通りけり〉だ

 ▼人けのない深夜の町をひとり通っていく。町の両側に家並みの低い貧しい家が戸を閉ざして眠っている。空には中秋の月がさえ、氷のような月光が地上を照らしている

 ▼没後、蕪村を正しく評価し光を当てたのが正岡子規なら、郷愁の詩人としてみずみずしい浪漫性を見いだしたのが『郷愁の詩人 与謝蕪村』を著した萩原朔太郎。朔太郎はこの句についても賛辞を惜しまない

 ▼「ここに考えることは人生への或(あ)る涙ぐましい思慕の情と、或るやるせない寂寥(せきりょう)とである。月光の下(もと)、ひとり深夜の裏町を通る人は、だれしも皆こうした詩情に浸るであろう。しかも人々はいまだかつてこの情景を捉え表現し得なかった」

 ▼きょうはことし最後の満月であり、浅間山の大噴火などがあった天明3(1783)年12月25日に68歳で亡くなった〈郷愁の詩人〉の命日に当たる

 ▼絵画、俳句の分野で大きな足跡を残した蕪村の生誕から来年で300年。それを前に、朔太郎が「実に名句と言うべきである」と激賞した月天心の世界に浸ってみたい。