▼〈風は蕭々(しょうしょう)として易水(えきすい)寒し/壮士ひとたび去ってまた還(かえ)らず〉。中国・戦国時代の刺客、荊軻(けいか)が燕(えん)の太子の命を受け、秦王(後の始皇帝)を討つため敵地に赴く際に歌った歌は喪服で見送る人々の肺腑(はいふ)をえぐった。司馬遷の『史記』が伝えている

 ▼この時代、1本の匕首(ひしゅ)=短剣=に全てをかけて敵地に乗り込む刺客は多かった。荊軻はその代表的な人物で、秦王に近づくため、秦から亡命した将軍の首と燕の肥沃(ひよく)な土地の地図を手土産にした

 ▼やむなく帯同した介添え役が土壇場で震え、目的を果たすことはできなかったが、秦王側の警護にも盲点があった。侍医が機転を利かせて薬袋を投げつけるなどしていなければ、中国の歴史は全く別のものになっていたに違いない

 ▼政府がきのう、国際テロ情報収集ユニットを発足させた。パリ同時多発テロを踏まえて決定した対テロ強化策の要になるもの。関連情報を一元的に集約していくという

 ▼警察庁の2015年版「治安の回顧と展望」は、過激派組織「イスラム国」の活動、影響が世界各地に及んだ年と回顧。日本もテロの標的と名指ししたことを挙げて、今後も邦人がテロ事件の被害に遭う可能性を指摘する▼〈ひとたび去ってまた還らず〉の心構えは変わらない現代の“刺客”たち。万全の体制は至難だとしても、盲点を極力減らしたい。