▼〈「旅順港は、見おろせるか」(中略)受話器に、山頂からの声がひびいた。「見えます。各艦一望のうちにおさめることができます」〉(司馬遼太郎『坂の上の雲』)

 ▼日露戦争の激戦地、旅順。引用したのは港の敵艦隊への攻撃拠点、二〇三高地の占領に成功した場面だ。この作戦で日本軍が陣地としたのが高崎山。高崎の歩兵第15連隊が奪取したことから、乃木希典(まれすけ)大将が名づけたという

 ▼高崎城の跡地(高崎市高松町)に15連隊が創設されたのは1884年。日清、日露の両戦争に勝ち、太平洋戦争では満州(中国東北部)からパラオの小島、ペリリュー島に移って絶対国防圏死守の任務についた

 ▼この島で戦闘が始まったのは1944年9月。米軍の圧倒的な兵力の前に、物資の補給が絶たれる中での戦いだった。洞窟に潜むゲリラ戦に持ち込んだものの11月24日、15連隊など日本兵1万人余りは玉砕した

 ▼高崎城の遺構の一部として復元された乾櫓(いぬいやぐら)の近くに、15連隊の歴史を伝える石碑がある。連隊が出動したすべての戦争と戦没者の数だけでなく、5番まで続く連隊歌が刻まれている

 ▼「立つや上州健男子」「偸安(とうあん)の夢」「平和の睡」-。平和への決意と責任を示したこの歌は連隊兵舎跡地で創立した高崎経済大学の応援団により、戦後70年の今を生きる若者たちに引き継がれている。