▼山あいにひっそりたたずむ集落跡。高度成長期、人々の活気あふれる暮らしが確かにそこにあった。小中学校からは子どもたちの元気な声が響いていただろう

 ▼高原キャベツの一大産地として知られる嬬恋村に、かつて小串、吾妻、石津の三つの硫黄鉱山があった。全盛期の昭和30年代半ばには鉱山人口が3500人余りに上り、村を支える一大産業となっていた

 ▼10月25日まで嬬恋郷土資料館で開かれている企画展「消えた硫黄鉱山」で、採掘の様子や当時の集落の状況をうかがい知ることができる。小串鉱山では1937(昭和12)年、245人が死亡する大惨事が発生している。貴重な写真や新聞記事、記録集に思わず見入った

 ▼三つの鉱山は第2次世界大戦下、一時厳しい経営を余儀なくされたが、戦後は需要拡大で硫黄が「黄色いダイヤ」と呼ばれるなど活況を呈した。しかし石油から回収される硫黄の増産が経営を圧迫、ともに71年に閉山となった

 ▼北毛の山間地では、ろう石や木材を切り出すためつくられた集落も存在した。いずれも姿を消してから長い年月がたっており、当時の生活を語り継ぐ人たちも少なくなっている

 ▼戦後日本の復興を後押しし、役割を終えて消えていった山あいの集落。人々の思い出が詰まった貴重な産業遺産は、県北の山中で人知れず静かに眠っている。