▼梅雨に入り、アジサイが見頃を迎えている。次第に色を変えるため「七変化」とも呼ばれるこの植物に特別の思いを寄せたドイツ人に医師、博物学者のシーボルトがいる

 ▼江戸時代後期に長崎のオランダ商館付き医師として来日。当時国禁の日本地図を持ち出そうとした「シーボルト事件」で国外追放処分を受けるが、日本の植物を欧州に紹介した際、アジサイの学名に日本人妻の名を付けたといわれる

 ▼このシーボルトゆかりの通訳の碑が富岡市の上信電鉄上州七日市駅南にあることを近くに住む元高校長、上野臣吾さんから教えられた。その名は稲部市五郎種昌。事件に連座して七日市藩に預けられ、没するまでの11年間を牢(ろう)の中で過ごした

 ▼作家の吉村昭は小説『ふぉん・しいほるとの娘』で、稲部のことを書いている。「牢に投じられ、番人と言葉を交すことさえ許されなかった。かれは、医術の心得もあったので藩中に病人があると、藩医が牢番人に治療法を質問させ、それに書面で答えたこともあった」

 ▼碑は昭和初期、そんな稲部を顕彰しようと県医師会長、衆院議員などを務めた斎藤寿雄が当時の北甘楽郡医師会会員に呼びかけて建てた

 ▼碑には真に国のために力を尽くし、身の保全などは考えなかった者との一節がある。稲部のことはもっと知られていい。上野さんはそう願っている。