2月末のびわ湖毎日マラソンで日本記録が大幅に更新されました。社会人3年目、25歳の鈴木健吾選手(富士通)が36キロでスパートするとぐんぐん後続を引き離し、2時間4分56秒の快記録で優勝しました。今大会は気象条件に恵まれたとはいえ、サブ10を一気に42人が達成するという空前絶後のレベルでした。

 記録が出た要因はいろいろ考えられますが、こんなに好記録が続出したにもかかわらず、今回でびわ湖マラソンは76回の歴史に終止符を打ち、来年から大阪市内を走る大阪マラソンと統合することになりました。

 以前所属していたチームで5年間滋賀県に住み、びわ湖毎日マラソンから日本代表(当時)に選ばれた私にとって、大会が無くなるのは非常に寂しい思いです。

 この大会で滋賀へ赴く度に、前所属チーム時代にお世話になった監督(故人)の奥さまにごあいさつに行きます。帰り道の車中で会話をしながら見た景色が、ふと見覚えがあるなと感じて注意して見ると、以前何百回(?)と走ったロードコースであることに気付きました。

 二十数年が経過し、周りの景色が変わっているにもかかわらず、暑い日も寒い日も毎日のように走った苦しい練習の記憶がよみがえってきて、懐かしい気持ちになりました。

 当時は日々の練習をこなすのに精いっぱいで、決して楽しい思い出ばかりではありませんでした。しかし、強くなりたい、日本代表になりたいと自分自身の夢に向かって努力したからこそ、私はこうして陸上競技に携わらせていただけているのです。

 当時の苦しい練習の日々こそが私の青春であり、原点なのだと思います。前述の鈴木選手は無名だった高校時代から練習の虫だったと聞きます。注目された大学時代からここまでも、決して順風満帆ではなかったでしょう。自分を信じて努力を続けた結果が日本記録更新という偉業につながったのは素晴らしいことです。

 現在は、いかにスマートに練習や努力をするかがトレンドなのでしょうが、自分自身を振り返ってみると、結局は地味で苦しく、面白みの少ない練習を積み上げたことで実力と自信をつけることができたと感じています。何かを成し遂げたいと強く願うならば、自分で設定した目標や夢に対してひたむきに努力していくしかないのです。

 皆さんも、きっとやればできる。言い換えれば自分から動きださなければ目標は達成できません。努力しても目標を達成することができないことも、当然あります。それでもその努力した日々は皆さんの将来にかけがえのない思い出として記憶に刻み込まれていきます。努力は無駄ではない。最後のびわ湖マラソンで湖畔の道路を進みながらそう感じました。



SUBARU陸上競技部監督 奥谷亘(太田市新島町)

 【略歴】おくたに・わたる 西脇工業高―ダイエー―積水化学工業。2000年に富士重工業(現SUBARU)移籍。11年から監督。05年世界陸上男子マラソン14位。兵庫県出身。

 2021/3/22掲載