▼〈詩のような経過をもっている〉〈こつこつと地味に虫たちとともにはたらいてきたこの科学者の足跡ほどぼくの心をひきつけたものはない〉

 ▼没後100年になるフランスの生物学者、ファーブル(1823~1915年)が30年をかけて完成させた『昆虫記』について、伝記『ファーブルの生涯』(ちくま文庫)を訳した平野威馬雄さんが書いていた

 ▼たまたまこれを読んだばかりだったからだろう。福島県生まれの詩人、長田弘さんが先月、75歳で亡くなったとき、すぐに浮かんだのは、この人が20年ほど前に発表した「ファーブルさん」だった

 ▼〈ファーブルさんは勲章や肩書をきらった、権威も。/ペコペコしたり無理を我慢したりは、真ッ平だった〉で始まる詩は、平野さんの言葉と同様に、ファーブルへの共感と敬愛に満ちている。そこに貫かれる、小さなもの、ありふれた光景を大事にする姿勢は、詩心をもつ希有な科学者の昆虫へのまなざしと重なって見える

 ▼〈偉大とされるものが、偉大なのではない。(略)最小ノモノニモ、最大ノ驚異アリ。/ファーブルさんは小さな虫たちを愛した〉

 ▼2年前に出した最後の詩集『奇跡-ミラクル-』表題作にこんな一節があった。〈ただにここに在るだけで、(略)みごとに生きられるということの、/なんという、花と木たちの奇跡〉