▼いろんな国語辞典を引く。一つの言葉も、辞典によって解説の表現がまったく異なるからで、読み比べるうちに、考えあぐねていた課題が急に解決することもよくある

 ▼頼りにしている辞典の一つ、『広辞苑』(岩波書店)の第1版第1刷が発行されたのは60年前の5月25日だ。編者である新村出(しんむら・いずる)(1876~1967年)の「後記」に引き付けられた

 ▼45年4月の空襲により、10年前から続けてきた改訂編さんの記録を焼失。辛うじて残された校正刷りを頼りに再開し、多くの困難を乗り越えて完成せた。78歳となった新村はこうつづっている

 ▼〈昭代の文化遺産として後に伝存するに足るべきか否かは、(略)時の篩(ふるい)に俟(ま)つ他はないが、少なくとも現在最も新しく、当用を弁ずるに甚だ好適な辞書たらしめ得たことの自負をもつ〉

 ▼還暦を迎えた辞書は〈伝存するに足る〉存在になっているだろうか。長く『広辞苑』などの辞典編集に携わった増井元さんによれば、編集部内では、辞典を使う人を「読者」と呼ぶそうだ。なぜか

 ▼〈あたかも一冊の本を読まれるように、(略)その一語で新しい世界が開けるような思いを抱いて欲しい〉からという(岩波新書『辞書の仕事』)。便利だから電子辞書もよく使う。でも、紙の辞典だからこそ味わえる、言葉を調べ、かみしめることの楽しみを大事にしたい。