▼群馬交響楽団の前身となるオーケストラが高崎で誕生した1年後の1946年11月、前橋でも文化を興隆させようという運動が始まった

 ▼萩原朔太郎の詩碑建設運動である。中心となったのは、旧満州(中国東北部)から引き揚げたばかりの詩人、東宮(とうみや)七男(かずお)さん(1897~1988年)だった

 ▼傷心の日々を送る中、建設を思い立ち、高橋元吉、岡田刀水士氏らに呼び掛けて3週間余りで準備委員会開催までこぎつけた。活動はいったん挫折しながらも、55年に実現する

 ▼混乱の時期、無謀とも言える運動になぜこれほど打ち込むことができたのか。〈満州での死ぬような体験がぼくの人生観を変え、詩作への情熱をかりたてた〉。東宮さんは述懐した。38年、教職を離れ満州に渡ってからの多くの苦難が原動力になった

 ▼同時期に満州に行った次男の画家、不二夫さん(1926~2013年)は18歳から3年間、シベリアに抑留された。その過酷な体験を描く作品、小学校教員として取り組んだ美術教育について書いている。〈満州やシベリアでの不毛な青春を取り戻そうと、ムキになって自分を燃焼させた…〉

 ▼2人の足跡を紹介する「七男と不二夫 父子展」が26日まで前橋文学館で開かれている。激動の時代を生き抜いた親子の批判精神は、戦後70年の今、ますます存在感を増して見える。