▼〈黄塵(こうじん)の湧き立つ荒涼としたこの地方に、横切るだけで三十分もかかる巨大な工場が、数千人の工員を動かして活動していた〉。作家、三島由紀夫が自伝的小説『仮面の告白』で「この地方」と書いたのは、空っ風が吹きすさぶ上州だ

 ▼三島が学徒動員で大泉町の中島飛行機小泉製作所にやって来たのは1945年1月。1カ月弱の勤労中に20歳になった。東京大学法学部の学生で、虚弱だったため事務職にまわされた

 ▼これといった仕事は与えられず、まだ米軍機による本土への空襲もそれほど激しくなかったため、仕事中ながら机に原稿用紙を広げて小説を書いたりして過ごしている

 ▼しかし、三島が帰京した2月、この工場は空襲にさらされて20人以上の死傷者を出した。標的はほどなく軍需工場や港湾施設から、無差別のじゅうたん爆撃へと変質していく

 ▼そして3月10日未明、東京大空襲があり10万人もの命が奪われた。三島は前日から前橋陸軍予備士官学校の友人に会うため前橋に来ており、『仮面の告白』には東京方面の空一面が赤く見えたことを伝え聞く場面が出てくる

 ▼空襲は地方都市へ移り、県内では前橋、高崎、伊勢崎、太田などが焦土と化した。東京大空襲から70年。鎮魂の日に犠牲になった多くの市民に歴史を風化させることなく、平和の道を歩み続けることを誓いたい。