▼「明日、世界が滅びるとしても今日、あなたはリンゴの木を植える」。作家の開高健さんが生前、色紙を頼まれた際などに好んで書いた言葉だ

 ▼どんなことがあろうと慌てたり騒いだりすることなく、きょうあなたにできることを淡々とする。それが 人間のなすべきことであり、また人間にできることなのではないか

 ▼そんな願いを込めたのだろう。開高さんは依頼主や贈りたい相手に合わせて「あなたは」を「君は」に、「植える」を「植えます」に変えたりしてしたためた

 ▼この言葉は、ルーマニア出身の作家ゲオルギウが小説『第二のチャンス』で書いた「たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える」が原典らしい。それを開高さんは「自分は」を「あなたは」に変えて使ったようだ

 ▼ゲオルギウは故国の平凡な市民が権力に翻弄(ほんろう)される姿を描いたベストセラー小説『二十五時』を著したことで知られる。『第二のチャンス』の一節は、ドイツの宗教改革者マルティン・ルターの言葉として登場させた

 ▼このゲオルギウ版を励ましの言葉、希望の言葉、自らを鼓舞する言葉として座右の銘にしている人は少なくない。いまから469年前のきょう、亡くなったルターは「リンゴの木を植える」が後世の人々の支えになっていることにどんな感慨を抱いているのだろう。