▼明治時代の住民は、必要に迫られて選んだ土蔵造りの建物が将来、これほど多くの人に親しまれることになるとは想像もしなかったろう

 ▼冷え込みが厳しくなった休日、「小江戸」の名で知られる埼玉県川越市の一番街通りを歩いた。黒漆喰(しっくい)を使った重厚な外観の蔵が並び、観光客でにぎわっていた。その通りにある「蔵造り資料館」の展示に、背筋が伸びる思いがした

 ▼町並み成立の出発点となったのは歴史に刻まれる大火だった。1893(明治26)年3月、かつての城下町で発生した火災により、町の3分の1に当たる1302戸が焼失した。そのなかで被害を免れたのが土蔵造りの建物だった

 ▼復興に当たり商人らは、その耐火構造を優先し、競って蔵造りを建てたという。風情ある都市景観は以後、商店街の衰退で保存が危ぶまれる時期もあったが、市民、行政の努力で保たれてきた

 ▼大火直後に建てられた店舗を使った資料館にいると、堅固な造りに、戸主の防災への強い思いが伝わってきた。重要な観光資源は一方で、大規模な火災の恐ろしさと備えの大切さを訴える記念碑でもある

 ▼阪神大震災から20年たった。あのとき痛感したのは、私たちがいかに無防備でいるかということだった。蔵造りに触れ、あらためてその教訓を反すうし、未来に伝えなければという思いを強くした。