▼古くから日本では赤色が邪気を払うと考えられてきた。江戸時代には死に至る病とされた天然痘が流行し、赤の濃淡で人や動物を描いた「疱瘡(ほうそう)絵」が魔よけの護符として使われるようになる。この時、だるまも同じ理由で広まったらしい

 ▼農閑期のだるま作りが現在の高崎市豊岡地区で始まるのも同じころ。疫病の流行とともに歴史が始まったことになるが、願掛けの縁起物として知られるのは絹産業が盛んになる明治時代になってのことだ

 ▼繭を作るまでに4回脱皮する蚕が古い殻を破って動きだすさまは「起きる」と呼ばれていた。これにかけて「七転び八起き」のだるまは特に養蚕農家の守り神として喜ばれ、暮らしの中に入っていく。上州の歴史風土とは深く結びついていた

 ▼全国一の生産量を誇る高崎を皮切りに、ことしも新春恒例のだるま市が始まった。きょうは400年の歴史をもつ前橋初市まつり。規模を縮小して行われた昨年に比べれば、各地でにぎわいも増すだろう

 ▼県民が縁起だるまに託す思いは商売繁盛や家内安全、学業成就か。夏の参院選をはじめ選挙の多い1年には必勝祈願としても欠かせない。加えてコロナ禍の終わりを願わぬ人はいまい

 ▼赤いだるまは病よけの護符であり、次々襲い来る感染の波にも負けず起き上がるシンボルである。多くの人の掛けた願いがかない、平穏な日常を取り戻す年であってほしい。