元は保育士だった。そんな私がなぜ空き家や古民家に興味を持ち、事業として取り組むようになったのか。もはや自分自身でもよく分からなかったので、今回はそれを見つめ直してみようと思う。

 私は平成生まれだが、幼い頃はとても古くさい暮らしで「人より何十年も遅れた生活」などと言われるほどだった。なぜなら、私の実家は築150年はたつような古民家だからだ。11歳の時に家の一部をリフォームするまでは、トイレは母屋とは別に屋外にあるくみ取り式便所、いわゆるボットン便所だった。そのため、幼稚園の時に友達の家で現代式のトイレに入った際、自分でかけたはずの鍵の開け方が分からずに「閉じ込められた」と大泣きしたという笑い話もある。

 風呂はまきで沸かす五右衛門式で、毎日まきを割り風呂を沸かすのは祖父の役目だった。広い土間にはだるまストーブがあった。畑で収穫した芋類や栗、時々スルメや餅などを焼いて食べると格別においしかったが、家中が煙だらけになることも多く、学校で「いぶ臭い」「線香臭い」などとからかわれた。それが、当時の私の当たり前の生活だった。しかし友人の家との違いを知るにつれ、自宅を恥ずかしいと思うようになった。ドアやフローリングが、とにかくうらやましかった。

 ところで皆さんの家には神棚や仏壇はあるだろうか。結婚を機に数年前に建てたわが家にはない。神社やお寺で頂いたお札などの置き場所に困り、後付けで棚を取り付けたくらいだ。

 しかし、時々恋しく思い出すことがある。毎朝仏壇にお茶を供えて線香を上げ、手を合わせ「今日も一日よろしくお願いします」と心の中でご先祖様にあいさつをする習慣だ。私はとりわけ信心深いわけでもなく、困った時だけ「神様、仏様」と助けを求めるような人間だが、今思えば幼少期の古くさくて好きではなかった生活の中で、自然とさまざまな「大切なこと」を学んでいたのかもしれない。

 「敷居や畳のへりは踏まない」「お米の一粒一粒には7人の神様がいるから、一粒も残してはいけない」「肉も魚も野菜も、全て命を頂いている。食材を育ててくれた人も、調理してくれた人もいる。だから出されたものはきちんと食べる」。こんなふうに「大切に生きる」ということが、古民家の生活には息づいているように感じる。

 私が古民家に興味を持ったのはこういった部分が理由なのだと思う。古民家での暮らしは決して便利ではない。しかし、時代を紡いで受け継がれてきた「人として大切にすべきもの」を教えてくれる道標のようなものだと考える。仕事や時間に追われる現代の生活スタイルの中でも、決して見失ってはいけないものが、そこにはきっとある気がするのだ。

 【略歴】保育士として働き、結婚を機に桐生に移住。2020年に設立した合同会社の一員として、古民家を改修した貸しスペース「仲町はなれ」の運営などに携わる。

2022/1/11掲載