▼今月、没後110年を迎える小泉八雲の「貉(むじな)」は、街灯などまだない江戸末期のころ、真っ暗な夜道を歩いていた商人が、のっぺらぼうに出くわす怪談だ

 ▼幼いころ、これに脚色を加えた話を父によく聞かされた。舞台は前橋の臨江閣近く。古くから流れる風呂川沿いの道を夜、一人で通ると、人間に化けた貉に襲われるという内容だった

 ▼かつてこの川は、流れが急で危険なことから、「人とり川」と呼ばれた。このため、子どもが誤って落ちないようにという意図もあって怪談を選んだのだろう。実際、しばらく、暗い時間には怖くて近寄れなかったのを覚えている

 ▼一つ目小僧、座敷童子、ろくろ首、小豆洗い、雪女、猫又…。前橋の絵本作家、野村たかあきさんの木版画展「妖怪画談」(同市敷島町・フリッツ・アートセンター)に展示されているたくさんの妖怪たちを見ていて、久しぶりに、暗がりに抱いた恐怖や不安感がよみがえってきた

 ▼いずれも荒唐無稽な印象はなく、むしろ強い存在感を放っている。なぜだろう。「霊的なものには必ず一面の真理があらわれている」。八雲は「小説における超自然的なものの価値」と題した東京帝大での講義で、こう述べている

 ▼妖怪たちは、明かりのあふれた今を生きる私たちが見失っている「真理」を、静かに伝えているのではないか。