北軽井沢に出掛けたら、牧草地が一面の白銀に覆われていた。浅間山が雲に隠れると、雪が舞い始めた。寒さこそ厳しいが「静かな冬の北軽が一番いい」と住民は話す
▼〈君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎(りんご)の香のごとくふれ〉。雪で思い出すのが詩人・北原白秋の後朝(きぬぎぬ)の歌である。「さくさく」というオノマトペ(擬態語)が雪を踏む音、林檎をかじる音と重なり、色の対比も鮮やかだ
▼後朝とは一夜を共にした男女の別れの朝のこと。このとき白秋は人妻・俊子との恋に落ちていた
▼当時の刑法には姦通(かんつう)罪があり、窃盗罪などと同じく罰せられた。白秋らは夫から告訴され、身柄を勾留された。〈かなしきは人間のみち牢獄(ひとや)みち馬車の軋(きし)みてゆく礫(こいし)道〉。弟の奔走で告訴は取り下げられ、2週間後に釈放された。だが人気作家の醜聞は世間を騒がせ、名声は地に落ちた
▼俊子は北原家に迎えられたが、両親と折り合いが悪く、やがて白秋の熱も冷めた。苦難の末の結婚だったが、わずか1年余りで離婚。白秋は後に再婚、再々婚している
▼歌人、童謡作家としても活躍した白秋の足跡は県内のあちこちに残る。大正12年1月には磯部温泉を訪れ、安中市出身の詩人・大手拓次の墓前に詩集刊行を報告している。宿を出て散策すると浅間山が望めたのだろう。〈雪しろき浅間とぞ思ふ上(かみ)の嶺(みね)けぶり吐きをり今朝はしづかに〉。こんな歌も残している。