▼目が不自由だった作曲家・筝曲家の宮城道雄は、声でその人の職業を判断したほか、足音で家人か客か弟子かを聞き分け、道行く男女の区別も分かったという。女性なら美人であるかどうかも―と随筆に書いている

 ▼ある時、靴音を聞き〈お巡りさんか〉と家人に尋ねると、いいえ女学校生ですとの答え。〈この頃の女学生は活発な歩き方をするので、私の耳も判断に迷うことがある〉

 ▼歩き方にはそれぞれ個性がある。そこに目を付け、歩く姿で個人を識別できるソフトを大阪大産業科学研究所のチームが開発した。歩幅や腕の振り方などを利用する

 ▼歩き方は指紋や声、指の静脈のパターンなど体の特徴から個人を見分ける生体認証技術の一つとか。防犯カメラがあふれる時代、犯罪捜査での活用が期待されるという

 ▼悪事を働く輩(やから)は身を偽ろうと、ぎくしゃくした歩き方になるのか。活発に歩く女学生は希望に満ちていたに違いない。足どりの軽やかさは心の充足を伴ってこそ生まれるものだろう

 ▼本紙オピニオン21委員を務めた加藤久雄さん(高崎)が自著『どんぐり亭物語』でこんな話を紹介している。探検家の雇ったガイドがある時から歩かなくなった。その訳は―。「われわれは速く歩きすぎてしまった。今、心が追いついてくるのを待っているんだ」。今の世もそんな余裕が必要か。