▼〈彼らはいったいどこで夏頃の不逞(ふてい)さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう〉。季節的に少々早いが、梶井基次郎の小説『冬の蠅(はえ)』である。蠅はよぼよぼと歩き、体は黒ずんで萎縮している

 ▼だが蠅たちは、寒さにあらがえず、やがて訪れる死を前にしても、日なたの中で生の営みを忘れない。主人公は感嘆する。〈なんという「生きんとする意志」であろう!〉

 ▼冬を迎え弱り切った小さな虫の姿は、文人の心を大いに揺さぶるらしい。冬の蠅に、高崎市ゆかりの俳人、村上鬼城(1865~1938年)の「冬蜂の死にどころなく歩きけり」が重なる

 ▼1917年に発行された『鬼城句集』の序文で、大須賀乙字は〈何物を詠じても直に作者境涯の句となつて現はれる〉と評した。境涯の句とは人生の悲惨事をなめつくして初めて得られる、とも

 ▼鬼城が「境涯」の俳人と呼ばれるゆえんだ。江戸に生まれ、8歳のとき高崎に移り住んだ。病で耳が不自由になり、代書人として生計を立てたが、名を成すまでは生活に窮したようである

 ▼高崎市では鬼城を顕彰する二つの俳句大会と「村上鬼城賞」が毎年催されるほか、約20基の句碑が業績と名を後世に伝える。悩みや苦しみを乗り越えて人は磨かれる―「艱難汝(かんなんなんじ)を玉にす」を地でいく生涯だった。不遇の時を嘆くことなかれ。きょうは鬼城忌。