▼約190万人が被災し、死者・行方不明者が10万5千人以上にも及んだ関東大震災からきょうで90年になる

 ▼〈地震来る。同時に夢中にて駿台なる妻子を思ふ〉。詩人、小説家の室生犀星(1889~1962年)の「震災日録」1923年9月1日付に記されている

 ▼長女の朝子さんが生まれたのは5日前のことだ。そんなときの大災害に、犀星は急ぎ病院に駆けつけようとする。が、非常線が張られるなどして果たせず、病院は震災後に焼失したことを知り、さらに心配を募らせた

 ▼上野公園に避難していた妻子と出会えたのは翌2日になってから。〈満山の避難民煮え返るごとし〉。被災状況を説明する言葉の短さから、かえって事態のすさまじさが伝わってくる

 ▼自伝的小説『杏っ子』では、被災経験をより具体的に描いている。情報が伝わってこない混乱のなか、翌月には一家で故郷金沢に避難できた。それは多くの人の助けがあったからと、犀星は感謝の言葉を重ねている。描写をたどると、大災害に備えることの重要性と困難さをあらためて実感させられる

 ▼気象庁は重大な災害が起こる恐れが高まった場合に発表する特別警報の運用を30日から始めた。しかしそれも決して万能ではないという。命を守るために、常に万一の危険性を考えておく、その戒めの一つとして受け止めたい。