▼教職にあることを「教鞭(きょうべん)を執る」という。では「教鞭」とは。広辞苑を引くと「授業の際に教師の持つむち」とある。机をピシッと打ちながら授業を進める厳格な教師のイメージが浮かぶ

 ▼だが、記憶をたどると、むちを手にしていた教師は見たことがない。すでに名を残すのみか。本紙記事でも「教鞭を執る」は使わず「教える」「教壇に立つ」と言い換えている

 ▼文部科学省の調査で、全国の小中高校などで昨年度、体罰をしたと認定された教員は6721人、被害を受けた児童生徒は1万4208人を数えた。体罰のあった学校は9校に1校の割合という

 ▼本県では公立の小中高校などで159件の体罰が判明している。県教委が部活動の指導法を盛り込んだ指針の改定案をまとめた(18日付本紙)。「殴る、蹴る」などの許されない指導の具体例を明記する

 ▼これまで体罰に寛容だったのは「愛のむち」という認識が強かったのだろう。国の指針は「愛のむち」を否定した。肯定される限り、子どもの心に深い傷を負わすまでにエスカレートする恐れは否めない

 ▼「教師があまり厳格であると、生徒は自立の志を失う」(イギリスの作家、スマイルズ)。教師に適度な厳格さは必要だろうが、力で押さえつける体罰が横行する教育現場は寒々しい。〝むち〟を捨て、威圧に頼らない指導を求めたいものだ。