▼「考古学は地域に勇気を与える」。1989年、吉野ヶ里遺跡の初めてのシンポジウムが地元佐賀県で行われた時に司会を務めた考古学者、森浩一さんの結びの発言である

 ▼〈まったく予期していなかった言葉が僕の口を衝(つ)いて出た〉という森さんが、〈都中心ではなく、地域にコンパスの軸を置く〉地域史に本格的に取り組むようになったのはその翌年からだった(岩波新書『地域学のすすめ』)

 ▼古代史を幅広い視点でとらえ、その魅力を紹介し続けた森さんが85歳で亡くなったことを知って、講演会での熱のこもった話しぶりを思い出した

 ▼2004年に県立女子大で行われた「第1回群馬学シンポジウム」の基調講演「古代群馬は語りかける」で、火山噴火で埋もれた鎌原遺跡、日高遺跡、三ツ寺遺跡、黒井峯遺跡などを挙げ、群馬の特質は災害を克服してきたことだと指摘

 ▼地域の遺跡のすばらしさをたたえ、「奈良や京都や江戸が重要だという前提でものを考えてはいけない」と「地域学」の基本を語った(同大学編『群馬学の確立にむけて』)

 ▼6世紀初めの榛名山噴火で被災した甲(よろい)を着けた人骨が出土した渋川・金井東裏遺跡の調査が進められている。火山灰層下にパックされた当時の集落の様子を示す新しい発表のたびに、心が躍り、考古学の「地域に勇気を与えてくれる」力を実感する。