▼〈あまりにも無残な一面の焼野が原でした。赤城山の裾野の下まで見えている…〉

 ▼昨年亡くなった元前橋市立図書館長の佐藤寅雄さんが前橋市本町から見た風景を10年前に出版した『岩神風土記』で書いている

 ▼500人以上の犠牲者を出した1945年8月5日の前橋空襲の翌日、〈あらゆるものの残骸が重なり合って歩くことさえ困難〉な焼け跡を乗り越え親類宅に向かう途中だった。20歳の佐藤さんはぼうぜんと立ち尽くしたという

 ▼爆音がとどろき、家々が猛火に包まれる惨状を事細かにつづったのは、〈二度とこのようなことがあってはならないと念じ、なんとしても伝えておかなければ〉との思いからだった(同書あとがき)

 ▼前橋文学館の「戦争を忘れない展」(18日まで)に展示されている10点の切り絵に胸を締め付けられる思いがした。6歳のとき空襲を経験した群馬きりえの会代表の飯塚照江さんが、その記憶をもとに制作した「前橋空襲の夜」は、病気のため母に背負われた飯塚さんや、祖母、姉、弟らが防空頭巾をかぶって逃げる姿をとらえている

 ▼「平和の大切さを伝えるために、戦争体験を語ることが私たちの使命」と飯塚さん。5日午後1時から同館で切り絵に込めた思いを話す。悲惨な戦争の記憶を風化させないよう、語り継ぐことの重要性は増している。