観光研究は、観光者の行動や観光地化することによる地域への影響、それに対する住民や観光事業者の意識、そして地域住民と観光者との関係といったさまざまな角度から考えることができます。今回は、私が行ってきたエスニックマイノリティーの方々の文化を観光者に見せることに関する研究を取り上げます。

 多くの観光者は、海外で「エスニックマイノリティー」と呼ばれる少数民族の方が住んでいる地域を訪れたとき、その民族の伝統的な舞踊や音楽などを鑑賞したり、記念となるような工芸品を土産に購入したりします。そのような観光者の行動は地域にどのような影響を与えるでしょうか。また私たちはどのような思いで観光しているでしょうか。伝統に気軽に触れることができる満足とともに、少数民族の方々の「珍しい」はずの文化が観光者向けに商品化され、決して安くはない価格がついていることにがっかりする人もいるかもしれません。

 私は大学院時代にネーティブアメリカンの伝統工芸品の職人たちから聞き取りをしました。その州では政府が、伝統を守るという理由で観光者に販売する伝統工芸品の制作工程や販売方法について厳しい規定を設けていました。観光が州の主要産業であるため、規定には観光客の要望に応えるという一面もあると考えられています。

 一方で職人からは、伝統工芸品を買ってもらうことが経済的な自立につながるとともに、現代的な作品も販売し、ネーティブアメリカンに対するイメージを「昔の民族」から「今を生きている民族」に変えたいという意見がありました。また最も困ることとして、観光者に工芸品の値段が高すぎると文句を言われることが挙げられました。

 この例に限らず、観光産業において「今の姿」を見せたい少数民族の方々の意見が取り入れられないことが多いのですが、それはなぜでしょうか。値段に関しても、欧州の伝統芸能であるオーケストラやバレエには高い料金を払うけれど、東南アジアの伝統芸能には安さを求める観光者が多いと述べた研究学者がいますが、なぜでしょうか。

 残念ながら国際観光の場では、政治力や経済力を持つ国から来た観光者の多くは少数民族の文化に保守性と安さを期待します。先進国との違いを強調することが求められるのです。南北問題と同じ社会構造が観光行動に表れているとも言えます。

 私がこの分野に興味を持ったのは、米国で1960年代に起きた公民権運動に関する本を読み、人種差別について関心を抱いたのがきっかけです。観光研究を進めていると、人種差別が国際観光という「遊び」の場にはっきり反映されていることにショックを受けます。研究者として、この点をしっかり考えていく必要があると感じています。

 【略歴】専門は観光人類学。2020年から現職。大泉町のブラジルタウンや富岡製糸場も研究対象にする。徳島県出身。米・テキサスA&M大大学院博士課程修了。

2022/01/21掲載