▼小栗上野介顕彰会の市川平治会長から機関誌『たつなみ』第46号をいただいた。小栗は「近代日本の父」とも言われる高崎市倉渕地域ゆかりの幕末の偉人。市川会長は顕彰会の歩みなどを寄稿している

 ▼会は現在、「小栗かるた」の製作を進めている。小栗に関心を持つきっかけにしてもらおうと読み札を募集した

 ▼千件近く集まり、44枚の札を決める選考は最終段階。幕府の要職を務めたこと、遣米使節の一員だったこと、横須賀造船所の建設を提言したことなど生涯や功績の分かる充実した読み札になりそうだという

 ▼「これはという一枚」として市川会長は「そ」の札を挙げた。〈村民の心を結んだ顕彰慰霊碑〉。〈罪なくして此所に斬らる〉と刻まれた1932年建立の顕彰碑は当時の倉田村と烏渕村の有志が資金を出し合ってできたことにちなむ

 ▼幕府を退き、領地の権田村(後に倉田村の一部)に戻った際、小栗は暴徒襲来に遭った。烏渕村にあたる地域の住民は小栗側の応戦で犠牲になったという。市川会長は〈恩讐(おんしゅう)を超えて、非命に散った英傑の事績を後世に伝えようと〉したと『たつなみ』に記している

 ▼小栗は薩長を主体とする新政府側によって反逆の罪を着せられ斬首された。小栗を逆賊視する風潮が根強い中での顕彰碑建立だった。台座に有志の名が刻まれていることを教えてもらった。かるたの完成がいっそう楽しみになった。