▼「第七詩集」。昨年1月に88歳で亡くなった高崎市の詩人、平方秀夫さんの『問いは生きている』の表紙にそうあった

 ▼一周忌に合わせて妻の詩人、志村喜代子さんが編み、出版した詩集は、平方さんの肉声が聞こえてくるような強い存在感を放っている
 
 ▼平方さんは終戦直後から多くの詩誌にかかわって創作を続け、県文学賞、風雷文学賞を受けた。1992年には「高崎現代詩の会」を創立し、機関誌を発行してきた。詩集は1960年から2006年にかけて6冊出している

 ▼志村さんのあとがきによると、晩年、エッセー集を出す準備をしていた。果たせなかった夫の計画を形にしようと志村さんが書類の山を整理していたところ、二重丸のついた横文字のこんな言葉があった。「第七詩集を出すときがあったら、訂正の上、編んでもよい」と

 ▼「復活に等しい甦よみがえりを提示する文字」―。そう受け止めた志村さんは、平方さんが座骨周辺の痛みから、応接間のサイドボードを机にして、立ったまま執筆したという最後の詩集以後の12編と、これまで未収録だった42編をまとめた

 ▼詩集には、逆さ吊りになって、生の領域を張っていた蜘く も蛛を描く、こんな作品があった。〈粘っこい糸を吐きつくした/蜘蛛がいない//生きていてもいい/死んでいてもいい/俺に存ありか在をみせろ〉(ありかをみせろ)。