▼〈銀杏散るまつただ中に法科あり〉。東大工学部に学んだ山口青邨(1892~1988年)がキャンパスで詠んだ。この季節、イチョウ並木を歩くと、風に舞う黄色の葉の真っただ中に見える景色が新鮮だ
 
 ▼ナナカマドやカエデ、ウルシなどの紅葉もいいが、散ってしまえばそれまで。だがイチョウは散る瞬間の輝き、散った後の黄色い絨毯(じゅうたん)、そして幹と枝だけになって直立する姿も見事だ

 ▼前橋市本町の八幡宮。市街地なので境内は決して広いとは言えないが、そこにイチョウの大木がある。燃えにくいことが尊ばれ、寺社に植えられていることが多い

 ▼前橋は1945年8月5日夜、B29の空襲で、市街地を焼き尽くした。当時の写真を見ると、いくつかの土蔵や煙突が残っているだけ。逃げ回ったという知人は「照明弾の光と炎の恐ろしさが今もよみがえる」と語る

 ▼だが八幡宮のこのイチョウは燃えなかった。嬬恋村出身の唐沢孝一さん(千葉県市川市)は全国の戦災樹木を調査しており、県内では前橋・諏訪神社のイチョウ、同・中川小のタブノキも焼け残ったという

 ▼戦後生まれなので照明弾の光は知らないが、不気味な明るさだろう。炎熱地獄に耐えたイチョウは今、柔らかな初冬の光を浴びながら、平和を祈っているに違いない。71年前のきょう、太平洋戦争が始まった。